児童虐待の二面性 ── デメリット篇
虐待に陥る親も、追い詰められた被害者である。望まぬ妊娠、孤立した核家族、生活保護、各国の女性保護度 ── 親側の景色を、データと共に描く。
連載 3/4。2/4 メリット篇 の続きです。
「虐待に陥る親も追い詰められた被害者であり、責めるだけでは虐待は減らない」── この前提から見ると、児童虐待 は加害者を罰するだけでは解決しません。
簡単に言えば、子育ては親にとって本当に大変なことで、その大変さに耐え切れずに虐待に陥ってしまう親もいれば、何とか子どもを大人になるまで育てることができる親もいる ── つまり虐待は、特別な「悪い人」だけに起きる遠い出来事ではない ということです。
ここで強調しておくと、これは 虐待を肯定する立場ではありません。「虐待に至る前の親が、どんな環境とリスクの中にいるか」を理解しなければ、根本的な予防はできない、という立場です。
注意: 以下の項目をすべて満たさなければ子どもを生んではいけない、という話ではありません。あくまで虐待につながった人の理由を集めたものにすぎず、これらに当てはまった人全員が虐待をしたわけでもありません。
1. 保護者側のリスク要因 ── 妊娠・出産・心の状態
虐待のリスクは、妊娠の段階からすでに芽 を出していることがあります。
- 望まぬ妊娠や 10 代の妊娠で、妊娠そのものを受容することが困難 な場合
- 望んだ妊娠であっても、早産・長期入院などで 子どもへの愛着形成が十分に行われない 場合
- 保護者がマタニティブルーズや産後うつ病で精神的に不安定になっている場合
- 元来の性格が攻撃的・衝動的、あるいは未診断・未治療の精神障害、知的障害、慢性疾患、依存症がある場合
- 保護者自身が 過去に虐待を受けた経験 を持つ場合
- 保護者が 未熟 で、育児に対する不安やストレスが蓄積しやすい場合

出典: 産経ニュース「多い『望まない妊娠で実母が』虐待死、10 年間に 546 人 厚労省」
日本では虐待を受けて死亡した児童が、ある約 10 年間に全国で 546 人 にのぼり、うち 約 2 割(111 人)は生後 1 カ月以内 に死亡しているとされます。その内 7 割は望まない妊娠 だったとされます。生まれてすぐの命が失われる背景には、その何ヶ月も前からの「望まれなかった」という現実が横たわっています。

出典: Unintended Pregnancy in the United States
アメリカでは 妊娠の約半分が望まない妊娠 だとされます。日本とは数字の出方は違いますが、「望まれなかった出産」自体は、決して例外的な事象ではありません。

出典: Preventing Teen Pregnancy in the US
10 代の出産割合は国によって大きく差があります。10 代の親 は経済的にも心理的にも基盤が脆弱で、虐待リスクが相対的に高くなる傾向があるとされます。
2. 子ども側のリスク要因 ── 親が想像していなかった大変さ
リスクは親側にだけあるわけではありません。乳児期の子ども、未熟児、障害児、何らかの育てにくさを持つ子ども は、親が事前に想像していた育児の大変さを大きく超えてくる可能性があります。

出典: 育児において、妻との関係で気を付けるべき 5 つのこと
ある調査では、育児で大変なこととして最も多く挙げられたのは「自分の自由時間・睡眠時間が取れない」で、42.3% にのぼったとされます。「子どもが可愛いか可愛くないか」以前の、人間としての基本的な休息が削られる という現実が、すべての親の足元にあります。
睡眠不足が続けば、誰でも判断力と感情制御は鈍ります。「あの親はおかしい」と外から見える行動の何割かは、慢性的な睡眠不足の結果 として説明できる可能性が高いと考えられます。
3. 家庭・養育環境のリスク要因 ── 孤立と経済
最後に、家庭の 環境そのもの がリスク要因になります。
- 未婚を含む 単身家庭、内縁者や同居人がいる家庭、子ども連れの再婚家庭
- 夫婦をはじめ、人間関係に問題を抱える家庭
- 転居を繰り返す家庭
- 親族や地域社会から孤立 した家庭
- 生計者の失業や転職の繰り返しで 経済不安 のある家庭
- 夫婦の不和、配偶者からの暴力など、不安定な状況にある家庭

出典: Rate of Nuclear Families in Japan
日本では地域差はあるものの、核家族化が進み、東京などの大都市圏では 核家族率が特に高く なっています。祖父母や親族が近くにおらず、育児を物理的に交代できる相手がいない状態が、虐待リスクの土台に積み上がっているとされます。

出典: 児童相談所が対応する虐待家族の特性分析 ── 被虐待児及び家族背景に関する考察
日本で虐待が発覚した 母子家庭のうち約半分は生活保護受給者 だったとされます。これは「貧困家庭が悪い」ではなく、経済的余裕が無いほど、外注できる育児サポートが減り、孤立が深まる という構造を示した数字です。

出典: Wikipedia: Epidemiology of domestic violence
家庭内暴力に対して女性がどれだけ守られているかを示した地図では、国ごとに大きな差があるとされます。女性が守られていない社会は、結果として子どもも守られにくい ── 児童虐待は単独の問題ではなく、家庭内暴力・女性の地位・社会保障の総合的な状況の一部として現れます。
親を罰するだけでは、次の虐待は止まらない
これらのリスク要因を並べてみると、ひとつの示唆が浮かびます。
虐待に至る親は、たいてい先に何かに追い詰められている。望まぬ妊娠で逃げ場を失い、産後うつで眠れず、近くに頼れる家族はおらず、経済的にも余裕がなく、配偶者は不在か暴力的で、自分自身も過去に虐待を受けてきた ── そんな積み重ねの末に虐待は起きやすくなる、という傾向が見えます。
ここで「親が悪い」と一刀両断にしてしまうと、社会としては その積み重ねを変えるための手 を打たないまま、似た境遇の別の家庭が同じ道をたどることになります。
親側のまとめ
「虐待に陥る親も追い詰められた被害者」という前提に立ち、虐待が起きる構造を見るなら、親側のデメリット ── つまり「加害者を罰するだけの素朴解」が見落とすものは、はっきり現れます。
- 望まぬ妊娠・若年妊娠の段階で、すでにリスクが芽吹いている
- 育児の物理的負担(睡眠・自由時間)が、誰でも判断を鈍らせる
- 核家族化と地域からの孤立が、頼れる相手をゼロにする
- 経済的余裕の無さが、外注できる育児サポートを奪う
- 女性が守られていない社会では、子どもも守られにくい
- 親自身も、過去に同じ構造の被害者だった可能性が高い
ただし、これは虐待された子どもの被害を軽視する立場でも、加害者を免責する立場でもありません。「目の前の子どもを救うこと」と「次の虐待を起こさないこと」の両方を同時に追わないと、児童虐待は減らない という立場です。
子ども側と親側、それぞれが見ている世界はまったく違います。しかし、その どちらも捨てない道 はあり得るのでしょうか。
→ 次の 4/4: まとめ篇 ── 親を責めず、子どもを救う第 3 の道 → 連載目次: 1/4 背景篇 ・ 2/4 メリット篇