集団的自衛権の二面性 ── まとめ篇
行使か非行使かの二択を急ぐ前に、その中間と限界を整理する。誰かが死ぬ平和を引き受ける覚悟、70 年の対話の不足、運用は国民次第という結論まで。
背景篇、メリット篇、デメリット篇 と読み進めていただいた最終回です。最後に、賛成派と反対派の中間、そしてその限界についてまとめます。
第 3 の道 ── 自国を最も大切にしながら他国とも協力する
背景篇 で示した 3 つの選択肢のうち、3 つ目の道についてここで詳しく見ます。
簡単に言えば、どの国や集団が自国にとって不利益になるのかをしっかり見定め、その対策のため必要であれば軍事的な措置をとる。それと同時に、自国と密接な他国と協調しながら、自国と他国の生活水準・幸福度を上げていく ── これが第 3 の道です。
賛成派の「抑止力で平和を作る」と、反対派の「武力以外の平和を作る」の間に、グレーゾーンを置く道とも言えます。
殺虫剤の比喩 ── 誰かが死ぬ平和を引き受けるかどうか
しかしこの第 3 の道には、避けて通れない事実があります。軍事的な措置をとるということは、誰かを確実に殺す、ということです。そのおかげで自国と他国の平和は守られます。
部屋に殺虫剤を撒けば虫は死にますが、害虫によって嫌な思いをしなくなります。その殺虫剤は買ってきたわけです。それは税金でまかなわれる防衛費と、同じ意味になります。
殺虫剤の比喩は冷たく感じられるかもしれませんが、軍事を機能させる前提を直視するための比喩です。
第 3 の道の限界 ── 同じ人間と思えるか
しかし、どんなテロリストでも、どんな独裁者でも、同じ人間だと思うかどうか、思えるかどうかで、この 3 つ目の選択肢もある意味「限界」を抱えています。
誰かが死ぬおかげで作られる平和は、本当に平和なのでしょうか。
この問いを引き受けるかどうかで、第 3 の道は途中で止まることもあります。第 1 の道(賛成)に振れ切る人もいれば、第 2 の道(反対)に振れ切る人もいる。第 3 の道は、両側の論理を行き来し続ける覚悟を要求します。
70 年間の対話派は、新しい何かを生み出してきたか
そして、もう一つ厳しい問いがあります。
70 年間、対話が大事だという人々から、新しい防衛技術や戦争のルール、もしくは新しい戦争防止のための教育方法が生まれているでしょうか。
率直に言えば、目立った成果はあまり挙がっていません。
集団的自衛権の賛成派の目的は「抑止力」と「他国を守ること」であり、反対派の目的は「武力以外の方法による平和(殺さない・殺されない)」と「自国の経済や福祉への集中」です。
この 3 つ以外の新しい方法を選ぶのであれば、本気で模索し、対話していくべきです。しかし現状は、デモに参加して憲法を維持するのみ。憲法は、攻撃してくる相手にとっては意味をなしません。
ここに、反対派が抱える宿題の重さがあります。
集団的自衛権をどう運用するかは、国民次第
おそらく、このまま集団的自衛権を行使できるようになるかと思います。これまでもデモによる政策への影響はあまりなく、衆参両院とも自民党が過半数をとっていて、議院内閣制をとっているからです。
逆に言えば、小選挙区制でもあるため、国民の選挙時の判断次第では政権をコントロールしやすくなっています。今まで以上に政治に興味をもって、理性的に政治家を選んでいかなければいけなくなりました。
集団的自衛権をどう運用するのかは、国民次第です。
「行使する/しない」「賛成/反対」の二択を急ぐ前に、まずこの二面性を行き来してみる ── そのこと自体が、kumoism がこの連載でやりたかったことです。
平和は抑止力によって守られるのか。それとも、武力以外の方法によって守られるのか。あなたはどちらの前提に立ちますか。そしてその前提が崩れたとき、何を選び直しますか。
連載をはじめから:
→ 1/4 背景篇 → 2/4 メリット篇 ── 抑止力と同盟の論理 → 3/4 デメリット篇 ── 武力以外の平和という選択