著作権の二面性 ── メリット篇
コピーや模倣は文化が育つための営みである。市松模様、浮世絵、伊万里、ゴッホ、新生児の模倣、守破離 ── コピーの肯定派が見ている世界を、データと作品例で描く。
連載 2/4。1/4 背景篇 の続きです。
「コピーや模倣は文化が育つために避けられない営みである」── この前提から見ると、著作権の二面性 はずいぶん違った景色になります。
突然ですが、あなたがモノを作るときのことを思い浮かべてみてください。完全にゼロから作りますか。それとも、見たことのある何かに少し似たものを作りますか。意識的か無意識かにかかわらず、ほとんどの創作は「既存の何か」の上に立っている ── これがメリット篇の出発点です。
どこまでが「コピー」なのか ── オリンピックエンブレムから市松模様へ
ついこの間、東京オリンピックのロゴで「コピーではないか」という指摘が起き、結果として別のロゴが採択されました。しかし、その新しいロゴでさえも、模様としては今までの作品から影響を受けています。言い方次第ですが、これは 市松模様のコピー とも言えます。

出典: 市松模様(Wikipedia)
幾何学的な組み合わせのアイデアは面白いものですが、この柄は 市松模様とその文脈を知らなければ作れません。「完全オリジナル」と「コピー」の境界線は、私たちが思っているよりずっと曖昧だとされます。
歴史の中で繰り返されてきた「似た作品」
歴史を遡れば、似た作品は数え切れないほど存在します。

出典: 日本文化の模倣と創造 オリジナリティとは何か
浮世絵の顔の特徴を数値化して分類した研究では、主要絵師の作風は 一定のクラスタに収束 することが示されています。現代人の目には「どれも似たような美人画」に見えるかもしれません。しかし、その似ている中での 微妙な差異 が、各絵師の独自性として評価されてきました。
写真やパソコンによる高精度のコピーは、悪影響だけを生むわけでもありません。例えば、モナリザが世界的に有名になったのは写真の影響が大きいという説 があります。

出典: 日本文化の模倣と創造 オリジナリティとは何か
モナリザに限らず、全く無名の作家の作品がコピーによって広がり、後に有名になることもあるかもしれません。コピーは流通であり、流通は知名度を生む という側面があります。
真似から生まれた名作たち
多くの名作も、真似や引用から生まれています。

出典: ウルビーノのヴィーナス(Wikipedia)
マネの「オランピア」は、ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」の構図を 明らかに下敷きにしている とされます。それでもオランピアは独立した名作として評価されています。構図を継承しながら主題を更新する という営みが、絵画史の中で繰り返されてきました。

出典: タンギー爺さん(Wikipedia)
ゴッホの「タンギー爺さん」では、背景全体が浮世絵で埋め尽くされ ています。フランス印象派が日本の浮世絵から受けた影響は美術史でよく知られていますが、これも広い意味では「コピー」と「翻案」の繰り返しの中で生まれた成果です。

出典: 《真珠の女》 | ルーヴル美術館
コローの「真珠の女」も、モナリザの構図を明確に踏襲しています。「真似から始める」という制作の入り口を、芸術家たちは罪悪感なく使ってきました。
陶磁器の伝播 ── コピーが世界に広げた
絵画だけではありません。陶磁器の世界では、コピーから始まった産地 が世界中にあります。

出典: サントリー美術館「IMARI/伊万里 ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁器」展
世界中の陶器の主要産地は、中国・景徳鎮(けいとくちん)の磁器を真似るところから始まる ことが多かったとされます。伊万里も同様です。最初は完全なコピーから入り、地域の素材や好みを取り込みながら独自の様式に変わっていく ── これが文化の伝播の典型例です。コピーを禁止していたら、伊万里はそもそも存在しなかった とも言えます。
人間はそもそも「真似る生き物」
そもそも人間には、真似る習性 があります。心理学では 模倣(imitation) と呼ばれます。

出典: 身体マッピング能力の起源を探る
心理学者のメルツォフとムーアの研究によれば、新生児は早い例で 生後 42 分から 72 時間の間に、大人の表情を真似 ているとされます。これは観察研究のため厳密には相関ですが、模倣は 言語より早く獲得される人間の根源的な学習機構 である可能性が高いと考えられています。
技術の習得で有名な「守・破・離(しゅ・は・り)」という日本の文化もあります。

出典: 日本古来から伝わるプロフェッショナル論〜守破離(しゅはり)の精神
日本の「道」文化では、まず徹底的に師の型を真似る(守) ところから始まります。次に型を破り(破)、最後に師から離れて自分の型を作る(離)。模倣が独創性の土台になる という前提が、ここには明確に置かれています。
インターネットにアップされたり、コミックマーケットで販売される 二次創作 は、いわばこの守破離の「守」の部分が、内向きの修行ではなく オープンに行われている だけなのかもしれません。
メリット側のまとめ
「コピーや模倣は文化が育つために避けられない営みである」という前提に立つと、著作権の二面性 のなかで、メリットの側は次のように描けます。
- 作品制作時の参考資料 として既存作品が果たす役割は無視できない
- 作品を広く普及する過程 で、コピーは知名度と価値を逆に高めることがある
- 本能と習慣としての模倣 は、新生児の頃から私たちに備わっている根源的な学習機構である
- 伊万里・印象派・市松模様 ── 文化の流通史は模倣と翻案の積み重ね である
ただし、これは「コピーには文化的な必然性がある」という前提があってこその話です。その前提を捨て、個別のオリジナル制作者の生活と尊厳 を起点にすると、同じ風景はまったく違う色に変わります。
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