多様性の二面性 ── 不成立篇
人間である限り多様性ある社会は成り立たないとする 6 つの理由。基準・努力・自由・排除・仲間意識・マス志向と、島宇宙・フィルターバブルが多様性を狭めていく構造を反対派の論理で描く。
連載 3/4。2/4 成立篇 の続きです。
「人は基準と仲間意識を持つかぎり、本質的には他者を排除してしまう存在だ」── この前提から見ると、多様性のある社会は簡単には成り立ちません。
成立篇で描いた像と比べると、反対派の像はずっと身も蓋もありません。多くの人が持っている自然な傾向の延長線上に、排除と分断がある ── これが核心です。
6 つの理由を順に紹介していきます。
1. 良い悪いの基準を持つ
人は選択して行動するために基準を持ちます。何が良いのか、何が悪いのかを考えます。そうすると良いものは上、悪いものは下、と考えます。または優劣を考えます。あの人よりも自分は優れているという 優越感 や、あの人よりも自分は劣っているという 劣等感 が生まれます。基準による自他の比較です。
そういった垂直的な価値基準が物事だけではなく他人や自分にも適用されると、受け入れられない他人が出てきたり、自分の短所に卑屈になったりします。逆に何が良いかという基準がないと、何が幸せなのか分からなくなってしまいます。
基準を持つことと、基準で人を測らないことを両立するのは、簡単ではありません。
2. 努力したくない
成立篇でも書きましたが、他人を受け入れるには努力が必要です。育ちが違う人と地道なコミュニケーションをしないといけません。時には傷つけられ、傷つけます。
それから社会的弱者が最低限の生活を送れるように、自分が代わりにお金や資源を稼がないといけません。反対に税金の少ない社会だったとしても、全ての人は自己責任で努力しなければ最低限生活できません(最低限の努力をすることで社会に多様性が生まれます)。

出典: 年収階層分布図

出典: 一般会計税収の推移
頑張って働く人もいるけれど、そうじゃない人もいる。税収はみんなで頑張らないと増えない。



出典: 若年無業者、フリーター、ひきこもり(内閣府)
無業者は税収という側面から見れば荷物でしかない、フリーターも税収という側面から見れば荷物ではないが怠け者でしかない ── そう考える人が一定数いるかぎり、努力の押し付け合いは終わりません。現在の地球の生活は地球 1.5 個分、つまり資源が全員分足りないとも言われます。
3. 好きに行動したい、大切にしたいものがある
人から制限されるのを嫌う人もいますし、大切にしたいものを制限されるのを嫌う人もいます。もちろんみんなの好きなものが同じで、大切にしたいものが同じであれば、その状況を嫌がる人はいません。しかしそんな状態はありません。
多様性を「みんな好きに生きて良い」と解釈している人が多くいます。好きに生きれば、我慢したりよく考えたりすることがなくなり、好きな人と付き合うことになります。

出典: 紙巻たばこ月次販売実績(数量・代金)推移グラフ
どんなに周りが嫌でも、タバコを吸いたい人がいます。

出典: Legality of cannabis by country
どんなに周りが嫌でも、大麻を消費したい人がいます。アメリカでは合法な地域もあります。

出典:「児童ポルノ禁止法案」に対する意見表明
どんなに周りが下品・下劣だと思っても、人によって好きな性的表現が存在します。

出典: 新聞社の世論調査の不思議さ 原子力の再稼働肯定は既に多数派 ── 山本隆三
リスク許容度が高い人もいれば低い人もいる ── 同じ事象を見ても、人によって受け取り方は大きく違います。
4. 邪魔されたくない、排除したい
3 番と似ていますが、人は良い悪いを考えるため、悪い人間を作ります。悪い人間を作っても共存するためにコミュニケーションを行なえば、理論的には多様性として確保できますが、多くの場合コミュニケーションは行なわれません。

出典: 世界の死刑制度の現状(Wikipedia)
犯罪者に対して感情的に排除する。犯罪者が更生し社会の資源になることを人々は信じられず、死刑を望む。
表現の自由に関しては、自由に表現したい(表現に規制されたくない)人と、特定の表現に傷ついて感情的に反応する(特定の表現を排除したい)人がいます。

出典: ヘイトスピーチ対策法が成立「表現の自由」「罰則」国会議員も悩んだ
罵詈雑言や誹謗中傷が「差別的表現」なのはわかるけれど、ではどこまでが差別的な表現にあたるのか。極端になると「差」に関する発言ができなくなります。

出典: あなたは幾つ知ってる?全 30 種類の○○ハラスメント一覧
ここまでくると全ての人に受け入れられる発言を考えなければいけなくなり、発言することをためらったり、発言の表現に多様性がなくなっていく ── 排除しようとした結果、別の不自由が生まれる構図です。
このように表現の発信側と受信側の解釈の違い・ズレの問題は、政治や職場だけに限らず、学校でのいじめや家庭内での DV にも当てはまります。
5. 仲間が大事、知らない人は無視
全世界の人間をみな同じ友達や家族だと思うことはとても難しいです。たとえみな友達・家族と思えたとしても、彼らのために資源を用意しなければいけず、用意するためにはたくさんの人の努力が必要です。

出典: 世界のイスラム人口(2009 年推計)
近年ヨーロッパやアメリカでは、一部のイスラム過激派によるテロが発生しています。「一部の」反抗であるにも関わらず、イスラム教徒全員を排除する動きも存在します。極右政党の勢力が増したり、フランスではイスラム教徒特有の服装が禁止されたりしています。

出典: 主要国の移民人口比率の推移
西欧で移民排斥の動きが強まっています。大きな理由は社会保障の問題で、すでにその地域に住んでいた人たちが納めた税金を、いきなり来た移民たちが公共サービスをとおしてもらっていく形になっている、と考える人がいます。

出典: ペットビジネスの最新事情を知る
世界にはたくさんの貧困にあえぐ人たちがいる一方で、豪華な暮らしをする動物がペットとして飼われています。人間は同じ人間よりも、可愛く従順なペットのほうを「家族=仲間」と思うようになる ── そう指摘されることもあります。
6. たくさんの人に好かれたい
ビジネスと選挙にはこれが顕著に現れます。ビジネスではマスプロモーション(テレビ CM など)、選挙では多数決が行なわれます。特にビジネスは投資されたお金が借金として存在し、その借金を返済するのにそれ以上の利益をあげないといけません。
そしてこれらマスに好かれる技術は、統計学に支えられています。正規分布 と呼ばれるグラフを使って色んな分野での人口を出せば、この中央にたくさんの人口が存在し、そこにめがけてビジネスや選挙を有利に進めるよう対策を練ることができます。

出典: 初級シスアド講座統計
常識や理想を作る理由はここにあります。「テレビ、クーラー、洗濯機が家にあるのは当たり前」と思う人が増えれば、それらを買ってくれます。買ってくれる人が多ければそれを売ってる企業は一気に儲かります。
このように多くの人に好かれるために行動すれば、少数派の人に好かれる行動がなくなっていきます。そうなると少数派の人たちにとっては良い商品や良い政策がなくなってしまい、生きづらくなります。

出典: 企画対象を明確にする ③ターゲット・セグメンテーション
人々を分類するマーケティングの セグメンテーション という手法があり、この戦略が多様性を作っているところもあります。どうやって分類すれば大きな市場があるのか発見することも重要 ── 多様性は商売のなかで初めて「価値ある違い」として扱われる、とも言えます。
島宇宙とフィルターバブル
今回描いたイラスト(「みな王様」)は、「島宇宙」と「フィルターバブル」を合わせたものです。
- 島宇宙とは: 同じ価値観を持った人たちだけで場を作ること。社会学者・宮台真司氏の『制服少女たちの選択』に由来する概念。
- フィルターバブルとは: インターネット上でユーザーが見たい情報を見せられ続けることで、ユーザーの観点に合わない情報から隔離され、実質的に彼ら自身の文化的・思想的な皮膜(バブル)の中に孤立するようになっていくこと。
つまり多様性が確保されにくい原因は、上記の 6 つの人間の特質に加えて、インターネットによるコミュニティ間の断絶や価値観の狭小化も大きな原因である ということです。
人間の選択についてコントロール可能な側面があることは、以前 あなたの好きなものは誰の好きなものですか?自由と制御、選択の二面性 でも紹介しました。
食べ物やお金など資源が十分にあるときはコミュニティ間が断絶していても問題ありません。なぜなら お互いに利害を調整しなくていいから です。調整しなくていいのでコミュニケーションも発生させる必要がありません。なので争いも起きません。
しかし、ずっと好きに生きていたら価値観の違う人とコミュニケーションしづらくなってきます。その状態で資源が少なくなってきたらどうなるか。争いがおきかねません。
反対派のまとめ
人間が人間である限り、6 つの理由(基準・努力・自由・排除・仲間意識・マス志向)と、島宇宙・フィルターバブルが重なるかぎり、多様性ある社会の成立はとても難しい ── これが反対派の像です。
人を 受け入れ続けられる存在 と見るか、基準と仲間意識で排除してしまう存在 と見るか ── その前提の選び方ひとつで、同じ社会がまったく違う社会に見えます。
→ 次の 4/4: まとめ篇 ── 改めてどんな多様性が欲しいのか → 連載目次: 1/4 背景篇 ・ 2/4 成立篇