経済格差の二面性 ── デメリット篇
格差は機会の不平等の結果であり、社会全体で是正すべきだ。大きな政府、累進課税、社会保障、北欧モデル ── 経済格差の是正を訴える側の論理を、データと共に描く。
連載 3/4。2/4 メリット篇 の続きです。
「格差は機会の不平等の結果であり、社会全体で是正すべきだ」── この前提から見ると、経済格差 には深刻なデメリットがあります。
経済格差が小さいということは、人々の所得にあまり違いがないということです。全員がそれなりに頑張ることで多くの税金を納め、政府が全員に再分配することで、誰もが平等に最低限の生活を送れるようになります。また企業任せにせず、政府が介入することで経済をコントロールできます。このような体制を 「大きな政府」 と言います。
立場ごとに見える「再分配のリターン」
大きな政府のもとでは、立場ごとに次のようなメリットが現れるとされます。
- 全体: 税金を多く集めれば集めるほど、多くの人に共通するニーズに応えたサービスを政府側から提供できる。
- 労働者: 最低賃金が保証される。良い公教育によって高い能力が得られやすい。法律によって雇用者と平等の関係を結べる(同一労働同一賃金など)。
- 経営者: 公共事業への投資(財政政策)や助成金によって、事業を行いやすくなる。
- 消費者・家庭: 教育、子育て、医療などの社会保障が安く、または無料で受けられる。最低限の生活に必要な現金を無条件で定期的に受け取る制度(ベーシックインカム)もここに含まれます。
- 投資家: 金融政策(利子率の調整)によるインフレ局面では、資産価値が上がる。
- 政府: 金融政策・財政政策で景気を調整でき、国有化によって国民全員に平等に公共サービスを提供できる。
- 国家間(貿易): 関税をかけることで、自国の産業や文化を守ることができる。
「最低限の生活と機会は、全員に保証されるべきだ」── これが大きな政府の最も基本的な約束です。
北欧モデルが示すもの ── 税収・乳児死亡率・男女平等
例えば北欧諸国は税収がとても高く、医療や保育に力を入れることができています。そのため女性は子どもに縛られず社会進出することができている、とされます。

出典: OECD Tax Database
OECD 諸国の税収対 GDP 比を見ると、デンマーク・スウェーデン・フランスといった国が上位に並びます。「重い税」と「厚い社会保障」はセットで設計されている ことが分かります。

出典: Society at a Glance 2011: OECD Social Indicators
重い税には、当然「使い方の監視」が必要です。OECD 諸国の投票率を見ると、北欧諸国を含む再分配重視の国は投票率が比較的高い傾向にあります。税金を払う側が政治に関心を持つ ことが、大きな政府を機能させる前提だとされます。

出典: The World Bank: Mortality rate, under-5 (per 1,000 live births)
公的医療と社会保障が整った国では、乳児死亡率は劇的に低い。これは「お金がなくて医療を受けられず子どもが死ぬ」という最も基本的な不平等を、社会全体で消した結果だと考えられます。

出典: The World Bank: Fertility rate, total (births per woman)
子育てに公的支援が厚い国では、出生率も比較的安定しているとされます。「子どもを持つコストを個人と家庭だけに負わせない」設計が、長期的な人口構造にも効いてきます。

出典: World Economic Forum: The Global Gender Gap Index 2014
世界の男女平等指数を見ると、上位はアイスランド・ノルウェー・フィンランド・スウェーデンといった北欧諸国が並びます。保育・育休・教育への公的支出が厚い社会ほど、女性の社会進出が進む とされます。

出典: Public expenditure on childcare and early education
保育・幼児教育への公的支出比率を見ても、北欧諸国は他を引き離しています。「子育ては家庭の責任」ではなく「社会の責任」 とする設計が、結果として男女平等と出生率の両方を支えています。
大きな政府の影 ── 反対派が引き受けるコスト
ただし、大きな政府にも影があります。反対派は、それを 「公平の代償」として引き受ける 立場でもあります。代表的なものを並べます。
1. 自由の縮減
政府から規制・管理される場面が多いため、自由な生活を送りづらくなります。政府の判断次第で税金の使い方を変えられてしまうリスク(議員報酬の引き上げ、特定業界への利益誘導など)も存在します。
2. 労働意欲の低下と技術革新の遅れ
たくさん働いたり利益を出したとしても、税金で大きく徴収されます。高賃金が働く理由になる人にとっては働く意欲が失われ、商品・サービスの質が低下し、技術革新が起きづらくなる可能性があるとされます。

出典: Economy – major exporting countries (2012 rankings)
世界の輸出額ランキングを見ると、北欧諸国は上位には並びません。「良い製品が生まれているかどうか」の指標として輸出額を見るなら、再分配重視の小国はやや弱いことが分かります。これは規模の問題でもありますが、賛成派からは「重税が起業のインセンティブを削いだ結果」とも読まれます。
3. 競争相手のない公共サービス
民営化と比べて公共サービスには競争相手がいないため、質が低下する可能性があります。また逆進的課税やタックスヘイブンによる税制の不完全さ、選挙の票目当てで公共事業が公約化される問題なども指摘されます。
4. 関税は他国の良さを遮る
関税をかけることで自国の産業・文化は守れますが、同時に他国の良い産業や文化を輸入しにくくなります。
5. 「ジャンテロウ」── 突出を許さない文化
例えばデンマークには ジャンテロウ(ヤンテの掟) という、幸せに対する独特の価値観が存在します。競争で勝ったりお金持ちになったりすることに意欲が湧きづらい文化です。条文の一部を訳すと:
- 自らを特別であると思うな。
- 私たちと同等の地位であると思うな。
- 私たちより賢いと思うな。
- 私たちよりも優れていると思い上がるな。
- 私たちよりも多くを知っていると思うな。
- 私たちよりも自らを重要であると思うな。
- 何かが得意であると思うな。
- 私たちを笑うな。
- 私たちの誰かがお前を気にかけていると思うな。
- 私たちに何かを教えることができると思うな。
- 私たちがお前について知らないことがあると思うな。
「突出した個人を許さない文化」は、平等を支える一方で、創造性や野心の芽を削ぐ側面も持ちます。
反対派のまとめ
「格差は機会の不平等の結果であり、社会全体で是正すべきだ」という前提に立つなら、デメリットは深刻に映ります。
- 生まれた家・地域・親の所得によって、人生の選択肢が大きく変わる
- 医療・教育・育児が個人の財布に依存する社会では、子どもの死亡率や貧困率に直接効く
- 自由競争は外部不経済(環境破壊・依存症産業・伝統文化の喪失)を引き受けにくい
- 富裕層への資本リターン(r)が、労働所得の伸び(g)を構造的に上回り続ける
ただし、税金を払う側の納得と監視がなければ、大きな政府は容易に腐敗します。重い税と厚い社会保障はセット であり、片方だけを移植することは難しい。
賛成派と反対派、それぞれが見ている世界はまったく違います。しかし、その どちらも捨てない道 はあり得るのでしょうか。
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