経済格差の二面性 ── メリット篇
格差は自由の結果であり、努力に報いる仕組みだ。小さな政府、自由競争、起業と相続、満足度の高い職業 ── 経済格差を許容する側の論理を、データと共に描く。
連載 2/4。1/4 背景篇 の続きです。
「格差は自由の結果であり、努力に報いる仕組みだ」── この前提から見ると、経済格差 には人々の自由と意欲を解き放つ大きなメリットがあります。
経済格差が大きいということは、人々の所得に違いがあるということです。人それぞれの価値観が違えば、自然と生活にも違いが生まれます。財産がたくさん欲しい人や良いサービスを求める人はたくさん頑張り、少しで良い人は少しだけ頑張る ── 個人が自由に生き方を選択できる状態です。このような体制を 「小さな政府」 と言います。
立場ごとに見える「自由のリターン」
小さな政府のもとでは、立場ごとに次のようなメリットが現れるとされます。
- 全体: 企業同士の競争や消費者からの要望によって、商品やサービスの質が上がり、様々な問題が解決されていく。
- 労働者: 労働力の価値を高めれば、高い賃金が得られる。長時間労働や高い技術がそのまま報酬につながる。
- 経営者: 商品やサービスがたくさん売れれば、たくさん利益を得ることができる。
- 消費者: 税金や医療負担が少ないため、所得次第で個人個人が好きなように生活できる。
- 投資家: 資産価値が高騰した場合、高いリターンが得られる。
- 有権者: 経済的な力があれば、ロビイングによって政策を変えることができる可能性がある。
- 家庭: 親からの相続によって大きな財産を得ることができ、子どもに良い教育を受けさせることができる。
- 政府: 政府の仕事を企業に任せることで、税金の無駄遣いが減っていく。
- 国家間(貿易): 関税を撤廃することで、国を越えて良い商品やサービスが届けられる。自国の文化を輸出することもできる。
「自由に頑張った人が、自由に多く得る」── これが小さな政府の最も基本的な約束です。
自由競争はイノベーションを生む ── アメリカの発明史
自由競争はイノベーションを生み出してきたとされます。1946 年から 91 年までにアメリカで発明されたものを並べると、コンピュータ、トランジスタ、レーザー、インターネットの基礎技術 ── 現代の生活を支える多くがそこにあります。
そして 1991 年以降にアメリカで発明されたもの ── ウェブ、スマートフォン、SNS、ディープラーニング、自動運転技術 ── これらもまた、世界中の暮らしを書き換えてきました。
賃金の高い職業ベスト 100 を見ても、医師・経営者・エンジニア・金融プロフェッショナルなど、高い専門性と長い訓練の上に成立する仕事が並びます。格差そのものが、専門性を磨くインセンティブ として作用しているとされます。
「満足度の高い職業」が示すもの
ところで、賃金の高さと職業満足度は同じではありません。

出典: Which are the most satisfying occupations?
調査では、聖職者、消防士、理学療法士、画家、教師 ── 賃金が必ずしも最高ではないが、社会的貢献や創造性が大きい職業が満足度の上位に並びます。自由な選択肢のなかで、自分の価値観に合った仕事を選ぶ余地がある ── それも自由競争のリターンだと考えられます。
自由競争の影 ── 賛成派が引き受けるリスク
ただし、自由競争には影もあります。賛成派は、それを 「自由の代償」として引き受ける 立場でもあります。代表的なものを並べます。
1. 倫理の市場化
政府による規制が少ないため、商品・サービスの売買や労働者への待遇が、個人個人の倫理や道徳に委ねられます。環境問題や労働環境の悪化が起きやすいとされます。貧困層が増えすぎれば購買力が落ち、経済全体の循環も止まります。
2. グレー産業の拡大

出典: Here’s How Fast The Marijuana Industry Is Growing, In 5 Charts
自由な市場のもとでは、嗜好用マリファナのようなグレーな商品も「合法化 → 産業化」の経路をたどります。需要があるなら供給を認めるべきだ、というのが賛成派の論理ですが、依存症や治安への影響は別途引き受ける必要があります。

出典: US and State Prostitution Arrests, 2001-2010
売春のようなさらに踏み込んだ領域も、自由競争のもとでは「合法化して課税」「禁止して取り締まり」のどちらを取るかが論点になります。どちらにせよ、規制の少ない社会は倫理判断を個人と業界に委ねる のが基本姿勢です。
3. 環境への外部不経済

出典: CLIMATE CHANGE: DROUGHT MAY THREATEN MUCH OF GLOBE WITHIN DECADES
規制の少ない経済活動は、温室効果ガスの排出や資源の濫用といった 外部不経済 を生みやすい。気候変動による干ばつリスクは、今後数十年で世界の多くの地域に広がるとされます。これは賛成派にとっても無視できないコストです。
4. 伝統的産業の淘汰

出典: 2014 年「倒産企業の平均寿命」調査
業歴 30 年以上の企業の倒産は全体の約 3 割を占めます。世界に 200 年以上の歴史を持つ企業 5,586 社のうち約 56% は日本企業だとされますが、それでも自由競争のなかでは伝統的な店ほど淘汰されやすい。これは賛成派にとっては「新陳代謝」、反対派にとっては「文化の喪失」と読まれます。
5. 貧困と社会問題の連鎖

出典: 児童相談所が対応する虐待家族の特性分析 ── 被虐待児及び家族背景に関する考察
日本で児童虐待が発覚した母子家庭のうち、およそ半数は生活保護受給世帯だとされます。これは相関であって因果ではありませんが、経済的なゆとりの欠如が育児ストレスや孤立につながり、結果として家庭内の問題を生みやすい という構造の可能性が高いとされます。賛成派の立場からも、この種のセーフティネットの設計は議論の対象になります。
6. 格差そのものが成長を損なう可能性

出典: OECD Focus on Inequality and Growth December 2014
OECD の試算では、所得格差の拡大は 累積的な経済成長を押し下げる方向 に作用したとされます。賛成派にとってもここは難しい点で、「格差は努力のインセンティブだが、行き過ぎれば需要を冷やす」という両義性を孕みます。
賛成派のまとめ
「格差は自由の結果であり、努力に報いる仕組みだ」という前提に立つなら、経済格差のメリットは大きく現れます。
- 自由な選択と競争のなかで、商品・サービスの質が上がる
- 高い専門性と努力が、そのまま高い賃金につながる
- 規制が少ないため、新しい産業や挑戦が立ち上がりやすい
- 個人と家庭の判断が、社会の判断より優先される
ただしこれは、「努力の機会は誰にでも開かれている」「自分の人生の責任は自分でとる」という前提があってこその話です。その前提が崩れたとき ── 教育や医療へのアクセスが生まれた家によって決まると感じられたとき ── 同じ格差は、まったく違う顔を見せ始めます。
→ 次の 3/4: デメリット篇 ── 再分配と大きな政府の論理 → 連載目次: 1/4 背景篇 ・ 4/4 まとめ篇