経済格差の二面性 ── まとめ篇
格差そのものは問題なのか。貧困は、教育は、富裕層は ── 5 つの論点で賛成派と反対派の前提を解きほぐし、テクノロジー・NPO・属性軸まで含めた最終回。
背景篇、メリット篇、デメリット篇 と読み進めていただいた最終回です。
初めに書いたとおり、賛成派と反対派の対立はあくまで 極端な例 であり、実際の社会はもっと組み合わさっていて複雑です。上記はあくまで体制でしかなく、その体制を どう考えるか は個人の価値観や生活の工夫次第になります。
ここでは、賛成派と反対派が必ずぶつかる 5 つの論点 を整理します。どちらの立場に立つかは、あなたが各論点でどちらの前提を選ぶかで決まります。
1. 格差が大きいことは、そもそも問題なのか
お金が無くても幸せだと思う人もいれば、お金があっても幸せじゃないと思う人もいます。お金が多いと行動の選択肢が増えますが、それが良いかどうかは個人の価値観次第です。

出典: World Happiness Report 2013
実際、税金がとても高い国の幸福度がとても高いというデータも存在します。ただし国全体の幸福度が高くても、国民全員が幸せとは限らない点には注意が必要です(平均は分布を消す)。
2. 貧困は、問題なのか
最低限の生活を送れずにホームレスになったり、餓死してしまったりする人々がいるという事実そのものは、賛成派・反対派どちらも認めます。問題はその 責任の所在 です。
「かわいそうで助けてあげるべき」と考える人もいれば、「貧困になる前に対策をしなかった自分の責任だ」と考える人もいます。極端なことを言えば、たくさん本を読んだり、人の話を聞いたり、インターネットで調べたりすることで、未然に失敗を防ぐことも可能だと言えます。それでも防ぎきれない失敗が、本当の意味で議論の対象になります。

出典: OECD Child poverty
特に子どもの貧困は、自己責任の議論から最も遠い領域です。「生まれた家を選べない以上、子どもの貧困は社会の責任だ」 という主張は、賛成派からも一定の支持を得やすい論点です。

出典: OECD Old-Age Income Poverty
高齢者の貧困も同様に、「働く力が弱い」という構造的な制約があります。年金制度の設計次第で、貧困率は大きく変わります。

出典: The geography of poverty, disasters and climate extremes in 2030
さらに、災害リスクが高い地域に住む人々は、自分の努力とは関係なく貧困に陥りやすい。気候変動による被害は、貧困と地理が交差した場所に集中する とされます。
3. お金が無いと、高い教育を受けられないのか
最低限インターネットにアクセスできれば、e-Learning が存在します。意欲があればいくらでも勉強できる時代になっています。職業の技術だけではなく、社会人としてのマナーや習慣だって、検索すれば学べます。
ただし問題は、「インターネットで勉強できる」という選択肢を知っていること自体が、すでに環境に依存することです。工夫することで能力を得られるからこそ、親以外にも工夫の方法を教える人やコミュニティが大事になります。
教育が重要である理由は、能力を得ることによって、高賃金の職業に就いたり、起業して事業を成功させてお金を得たり ── つまり 誰でも富裕層になれる機会 を平等に持てるからです。富裕層になれば、相続する財産も増やすことができます。
4. 富裕層の存在は、問題なのか
確かに富裕層は大きなリターンを得ています。トマ・ピケティが「資本収益率 (r) > 経済成長率 (g)」と示したように、働いて得られるリターンよりも、投資して得られるリターンの方が大きい構造があります。
なぜか。高いリスクを支払ってきたからだ、と賛成派は言います。高いリスクを自分で取って責任をとったから、高いリターンを得ることができている。高いリスクを取ってでも高いリターンを得たいかどうかは、個人の価値観次第です。

出典: Angel Investors – Critical Initiators of Startups and Job Creation
また投資がなければ、事業をスタートするための資金を得にくくなり、大きな事業を始めづらくなります。アメリカではエンジェル投資家の存在が、スタートアップと雇用創出を支えてきたとされます。「富裕層を消す」ことは「次の仕事を消す」ことにもつながり得る ── これが賛成派が手放さない論点です。
5. 労働者と経営者は、お互いに信頼できるのか
労働者は、経営者が将来賃金を上げてくれると信じているから、たくさん働いて企業の利益を上げ、実際の賃金が上がります。経営者は、労働者がしっかり働いて利益を上げてくれると信じるから、賃金を上げたり新たに労働者を雇います。

出典: OECD Real minimum wages
この信頼関係が崩れたとき、最低賃金制度のような 制度的な信頼の代替 が必要になります。最低賃金の引き上げ方は、賛成派と反対派の対立点としてもっとも先鋭化する論点の一つです。
その他の観点 ── 軸を増やすと、議論はさらに広がる
上記以外の立場
経済格差は 2 つ以上のグループで起きるので、上記の立場に加えると、先進国と途上国、男性と女性、白人と有色人種、先住民と移民、家族内と家族外、都市と地方なども考えられます。

出典: The Simple Truth about the Gender Pay Gap (Spring 2015)
例えば男女の賃金格差は、男性の賃金を 100 とすると女性はおよそ 8 割という水準にとどまります。同じ社会のなかでも、属性によってさらに格差は層を成します。
テクノロジーの進化
また、テクノロジーの進化によって、現在存在している多くの仕事が自動化したり簡単になったりします。デメリットは仕事がなくなったり低賃金化したりすることですが、メリットとしては、もっと別のことに人間が時間を割けるようになり、働き方も変わります。

出典: Job Automation May Threaten Half of U.S. Workforce
オックスフォードの研究では、アメリカの仕事の 約半分 が自動化リスクにさらされているとされます。これは推計であり確定した未来ではありませんが、規模感としては無視できません。

出典: The Future of Employment: How Susceptible are Jobs to Computerisation? by Carl Benedikt Frey & Michael A. Osborne
機械化されやすい仕事のリストには、事務、運転、販売、データ入力など、これまで「安定」とされてきた多くの職業が含まれます。自動化と経済格差は別の問題ですが、相互に強化し合う関係 にあります。詳しくは 自動化と仕事の二面性 ── 背景篇 も参考になります。
NPO / NGO という存在
政府からの社会保障が足りない場合、中間層や富裕層からの寄付で運営される NPO / NGO が頼りになることがあります。彼らのサービスによって、教育や貧困などの問題が解決される事例も多く存在しています。

出典: Charitable Giving Statistics
アメリカの寄付市場は、年間で 3,000 億ドル規模に達しています。「政府を介さない再分配」もまた、現実には大きな役割を果たしています。
最後の問い
格差は、自由と引き換えに払うべき正当な代償なのか。それとも、社会全体で消すべき不正義なのか。
あなたはどちらの前提に立ちますか。そしてその前提が崩れたとき ── 自分が貧困側に回ったとき、または自分の子どもが生まれた場所を選べないことに気づいたとき ── 何を選び直しますか。
「自由競争 / 大きな政府」の二択を急ぐ前に、まずこの二面性を行き来してみる ── そのこと自体が、kumoism がこの連載でやりたかったことです。経済格差の議論は、関連するテーマである ベーシックインカムの二面性 や 自動化と仕事の二面性 とも地続きです。
連載をはじめから:
→ 1/4 背景篇 → 2/4 メリット篇 ── 自由競争と小さな政府の論理 → 3/4 デメリット篇 ── 再分配と大きな政府の論理