学習環境の配分の二面性 ── 政府負担篇
教育費を政府が負担する社会では、誰も落ちこぼれず、全員に「正解」の教育が届く。平等、再分配、一元管理 ── 公費中心の教育が拓く景色を、賛成派の論理とデータで描く。
連載 3/4。2/4 家庭負担篇 の続きです。
「教育費は社会全体で負担し、子どもの環境を平等に整えるべきである」── この前提から見ると、公費中心の教育環境には大きな意味があります。スウェーデン、ノルウェー、デンマークなど北欧諸国が代表的な例です。
World Happiness Report と北欧諸国の制度を踏まえて、マスメディアや書籍では良い面がよく紹介されますので、ここでもまずは分かりやすい良い面から見ていきます。
教育費はタダ、税金は高い
子どもの教育を政府負担にするということは、教育費が最高でタダになる ということです。その分、税金をかなり高く支払うことになりますが、政府・行政・自治体による 教育の一元管理 を行なうことができ、すでに「正解」が分かっている教育方法を隅々まで行き渡らせることができます。

出典: 書籍「学力の経済学」
学力を上昇させる費用対効果の高い政策が何かだんだん分かってきているので、政府から一元的にこれらを実行することができるとされています。

出典: 書籍「学力の経済学」
同じ学力のクラスの方が学力が上がりやすいとされています。

出典: 書籍「学力の経済学」
少人数学級(20 人未満) の方が学力が上がりやすいとされています。
北欧諸国の成績
これらの結果、北欧諸国は一人あたり GDP でも論文数でも高い成績を上げているとされています。

出典: 世界の一人当たりの名目 GDP(US ドル)ランキング

出典: いったい日本の論文数の国際ランキングはどこまで下がるのか!!
親と子のストレスが減る
また、親やその周囲の人々は 育児や勉強を教えるなどのストレスから解消 され、児童虐待などのリスクも減る可能性があります。

出典: 育児において、妻との関係で気を付けるべき 5 つのこと
育児で大変なこと 1 位は「自分の自由時間・睡眠時間が取れない(42.3%)」とされています。教育が公的に保障されれば、親はこの時間を取り戻しやすくなります。

出典: 書籍「学力の経済学」
学力の 地域格差 を埋めることができるかもしれません。

出典: 保育所待機児童の推移をグラフ化してみる(2015 年)
待機児童数を ゼロ にすることができるかもしれません。
一元管理の落とし穴:失敗したら全員に波及する
ここまでが良い面ですが、しかし一元管理なだけに 運営を少しでも失敗すると全員に大きな影響を与えてしまう という構造的なリスクがあります。以下はスウェーデンの例です。

出典: 崩壊するスウェーデンの学校制度(上)
定期的に行われる「学校査察」によると、2012 年に査察を受けた小中学校のうち、「問題なし」とされた学校はわずか 4% でした。

出典: 崩壊するスウェーデンの学校制度(上)
教育庁のリポートによると、2007 年から 2012 年までの 5 年間で、定年退職以外の理由で先生を辞めて他の仕事に就いた人は 24% に上ったとされています。
幸福度が高いのに、自殺率も高い
また、北欧諸国は他の国と比較すれば自殺率は低い方なのですが、幸福度がかなり高い割には自殺率が高い と指摘されています。あくまで想像ですが、競争をしなくなることで個性や生きがいが失われてしまうのかもしれません。

出典: 国の自殺率順リスト
2011 年度のデンマークでは人口 10 万人あたり 11.9 人 が自ら命を絶っている計算になります。
ジャンテロウ:競争を抑える価値観
このように、一元管理の運営や 競争の排除 がいかに難しいかが分かるかと思います。そのためデンマークでは「ジャンテロウ(Jante Law)」という価値観も存在します。この価値観のため、競争で勝ったりお金持ちになったりすることに意欲がわきづらいとされています。
- Don’t think that you are special.(自らを特別であると思うな)
- Don’t think that you are of the same standing as us.(私たちと同等の地位であると思うな)
- Don’t think that you are smarter than us.(私たちより賢いと思うな)
- Don’t fancy yourself as being better than us.(私たちよりも優れていると思い上がるな)
- Don’t think that you know more than us.(私たちよりも多くを知っていると思うな)
- Don’t think that you are more important than us.(私たちよりも自らを重要であると思うな)
- Don’t think that you are good at anything.(何かが得意であると思うな)
- Don’t laugh at us.(私たちを笑うな)
- Don’t think that anyone of us cares about you.(私たちの誰かがお前を気にかけていると思うな)
- Don’t think that you can teach us anything.(私たちに何かを教えることができると思うな)
- Don’t think that there is something we don’t know about you.(私たちがお前について知らないことがあると思うな)
「多様性のための政府」というパラドックス
政府負担にすると教育が一元化され、生徒の多様性・個性が失われる、と書きました。しかし「多様性のために政府が教育費を出すこともできる」と言う方もいるかもしれません。
しかしそれは、みんなが「多様性」という括りを大事にすることで、結果として多様性がなくなるというパラドックスを抱えます。
さらに多様性を子どもに分かりやすく教えるためには、多様性の定義を決める ことが大事になってきます。定義を決めると、それ以外の「多様性」の定義がなくなり、結局多様性がなくなる。定義を決めないと分かりづらく、定義 A と定義 B で派閥が生まれます。派閥が生まれてもお互いに豊かな生活を送っていれば争いごともないと思いますが、豊かな生活じゃなくなると、その違いは差を生み、「差別」へと発展していきます。
一元管理の重要性は、そもそも差を生まないことにあるのです。
政府負担派のまとめ
最後に政府負担のメリット・デメリットをまとめます。
- 目的: できるだけ家庭や子どもに負担をかけず学校などで支える。平等になる
- メリット: 親が貧困でも誰も落ちこぼれず、やり方がよければみんな成功する
- デメリット: 個性があまり見えなくなる、個人の速さで成長しづらい
教育を 自由と多様性 から見るか、平等と一元管理 から見るか ── その前提の選び方ひとつで、同じ「教育費」の議論がまったく違うものになります。
→ 次の 4/4: まとめ篇 ── 自由と平等のあいだ → 連載目次: 1/4 背景篇 ・ 2/4 家庭負担篇