KUMOism

第2章「銃と金を出せ」── 保険と銃 ── アメリカの二面性

サンアントニオの夕日が屋上を赤く染める。ボストンバッグを抱えた若者と、銃を構えた俺。お互いが引き金にかけた指の力、その一秒の長さを、俺は一生忘れない。

第1章「これは強盗か?」の続きです。

第2章「銃と金を出せ」

パトカーで現場の銀行に着いたとき、午後 5 時を回っていた。秋の太陽は、ダウンタウンのビルの輪郭を赤く焼き、コンクリートの上に長い影を落としていた。

通報のとおり、容疑者は 銀行の屋上に逃げ込んでいた。すでに先着の同僚が周囲を封鎖し、ビルの正面玄関には、立入り禁止のテープが張られていた。

「ヘンダーソン、状況はこうだ」 現場指揮官のリチャーズが、低い声で説明する。 「容疑者は 20 代男性、1 名。窓口を銃で脅して 約 8,200 ドルを奪取、警備員と揉み合いになり、警備員の左肩を 1 発。屋上に逃げて、そのまま動いていない。負傷者は警備員 1 名、命に別状なし」 「人質は?」 「いない。ビル内の従業員と客は全員退避済みだ。屋上にいるのは、容疑者一人」 「了解。俺が屋上に上がる」

俺は、リチャーズと数人の同僚とともに、ビルの非常階段を駆け上がった。19 階建てのオフィスビル。屋上までの 22 段 × 18 階は、20 年警察をやってきた俺にもこたえた。途中、息を整えるために 2 度、踊り場で立ち止まる。

屋上のドアの前で、俺たちは無線機を握った。耳には、容疑者の足音が聞こえる気がした。

リチャーズが、俺にゆっくり頷く。 「ヘンダーソン、お前が先頭で行ってくれ。投降を呼びかけろ。撃たれそうになったら、即応せよ」 「了解」

俺は 拳銃を構え、ドアをゆっくりと開けた。

屋上は、思っていたより広かった。コンクリートの床に、空調の室外機が並び、奥にはアンテナの塔がそびえている。夕日が、屋上全体を赤いオレンジ色に染めていた。

屋上の中央 ── アンテナ塔のそばに、彼は立っていた。

20 代前半、痩せた、黒っぽいパーカーのフードを目深に被った若者。足元には、ボストンバッグ。中には、おそらく窓口から奪った札束が入っている。そして、右手には、安そうな自動拳銃 ── 9 ミリくらいだろうか。銃口は、こちらを向いていた。

俺は息を吐き、銃を構えたまま、ゆっくりと前へ出た。距離はおよそ 15 メートル。撃つにも撃たれるにも、十分に近い。

「警察だ。銃を捨てて、両手を上げろ」

俺は、できるだけ落ち着いた、低い声で言った。怒鳴り声は、相手の動きを早めるだけだ。20 年の現場経験から、俺はそれを知っていた。

容疑者は答えなかった。フードの奥で、目が小さく揺れている。震えているのが、ここからでもわかる。

「やめろ。今ならまだ、傷害だけで済む。誰も死んでない」 俺はもう一度、ゆっくりと言った。 「金は要らない。お前のことを撃ちたくない」

容疑者は、ようやく口を開いた。 「近づくな」 若い声だった。怒っているというより、怯えている。 「うちの母親が、病気なんだ。手術代がいる。保険、ないんだ。払えなかったんだ」 「だから、銀行を襲ったのか」 「ほかに、どうしろっていうんだ」

俺の喉の奥が、一瞬、詰まった。屋上の風が、ぬるく頬を撫でていく。

俺は、銃を構え続けた。同情はする。けれども、銃口が俺と仲間を向いている限り、俺は引き金から指を離せない。それが、20 年やってきた俺のルールだった。情けは、相手の銃が下りてからかける。

「銃を、捨てろ」 俺はもう一度言った。 「捨てれば、ちゃんと弁護士をつけてやる。母親のことも、ソーシャルワーカーに繋いでやる。けれど、その銃が下りなければ、俺はお前を撃つしかない」

容疑者の指が、引き金にかかったまま、震えている。彼の頬を、汗が一筋伝った。

「動くなよ。動けば、撃つ」 俺は、息を整える。

夕日が、彼の銃口の金属を、赤く照らしていた。屋上は、不思議なほど静かだった。下のダウンタウンから、車のクラクションが、遠く聞こえる。

俺の指は、引き金にかかったまま、動かない。彼の指も、同じだった。

その 1 秒が、20 年で最も長い 1 秒だった。

俺たちは、それぞれ違う理由で、それぞれの銃を手放せなかった。彼は母親のため、俺は仲間と自分の家族のため。同じ「家族を守る」という言葉が、こんなに違う形になることを、俺はその瞬間、初めて知った。

そして、次の瞬間 ──。


→ もう一方の物語: 第1章「アルバイトで暮らす日々」

連載目次: